いつからだろう。「食の貴族化」や、食のうんちくが、耳触りになったのは、もちろん、美味しくない食事より美味しい食事を味わいたい。
でも、食べ物に、1日のエネルギーをかけるほど食通ではない。
で、どこそこのどこがブームとか、どこそこの何が限定で美味しいとか、正直言ってあまり気にならず、逆に、面倒なくらいである。
楽しい仲間や、家族とワイワイと、楽しむ食事が一番楽しい。
先日、東京で、友人と2人で、浅草で、チープな食堂で昼にビールと鍋焼き、オムライス、おでんを食べた。
もちろん、卵焼きも薄くて、ケチャップ味で、昔ながらのやつ、で、おでんも、煮込みすぎてトロトロ、鍋焼きうどんも、ナルトの入ったやつ。
でも、浅草の空気感と、合間って何とも幸せな時間だった。

家庭の主婦はシェフではない。が、いや、それぐらいのお仕事だ。当たり前のようにごはんを作る。
朝目覚めた時から今日1日の献立を考える。
冷蔵庫にあるものや、その日の買い出しの時間や、スケジュールを考えながら、考えても見て欲しい。
日替わりのメニューをおそらく一生考えないといけない、休みのない、レストランなのだから。

食事は大事なことだと思う。
毎日のごはんは、家族とのコミニュケーションと、考える。
したがって、行き着いた答えは、毎日丁寧に、地味ごはんを、作ること。
炊きたてのお米の美味しさを味わえる惣菜で十分である。

晩酌となると、お酒のおつまみになるものと、又しても、居酒屋のメニュー構成を考えるため、作業は複雑になる。

ごはんに、会うお惣菜は、お酒には合わないんだよな。
で、気がつけば、朝目覚めると同時に今日は何を食べるか?考える。

私にとって最高の食事は、上げ膳据膳の、きちんと炊いたお米の美味しい地味ごはんだ。

絵 仲村渠竹寅