千利休の言葉に「侘びてはあり合わせたりとも、にげなぎものはで出さぬが良きなり」という言葉があります。
似合わないことはしない。といった所でしょうか。
簡単に説明すると、利休が、ある日貧乏茶人の家に、ふらりと立ち寄った時、その貧乏ながらの風情を楽しんで、さて、どんな風情を見せてくれるか楽しみにしてると、庭の柚子を取り、味噌柚子に仕立てもてなします。
次に、ふっくらした高価な蒲鉾を出した時、利休は、何故、貧乏茶屋ならではの風情をもてなさないのかと残念に思い帰ります。高価な蒲鉾は、このもてなしの格を下げる。そう思います。
美味しいものを食べに来たのではなく、茶の湯は、その人の佇まいをいかに工夫し、楽しんで、演出してこそのものだとの意味で、何も名物を持たぬ詫び茶人が、その詫びという境地をどの様に見せてくれるかが、その人の格だという事です。

自分らしくは実は難しいかもしれません。
しかし、自分に無理してるなとか、似合わないなと思う行為は気がつきます。

背伸びしない、おおらかな気持ちでいたいものですね。